初めての引っ越し
初めての引っ越しは高校卒業後の上京だった。 学校の寮に入る為、ある程度の荷物は制限されたがどうしても譲れなかったのが 数冊の本と、大量のカセットテープ(当時はまだカセットテープが主流だった) いずれも丁寧に梱包し、引っ越し先の寮に届いた時には、やっと自分の部屋になったような気がして嬉しかった。 中でも、幼い頃から日々大切に扱っていた本が一冊だけあり 私の毎日はその本で成り立っていたといっても過言ではない程特別なものだったが その存在の、知らない土地での心強さといったらなかった。 寮での生活と、寮を出てからの一人暮らしの生活とを支えてくれた 本当に大事な一冊であったにもかかわらず 東京を離れ地元に戻る引っ越しの際に、なんと紛失してしまったのである。 帰りの新幹線での手荷物が多かったことから、あらかじめ荷物を送っておこうと 荷造りした、いくつかの段ボールのうちの一つが、、、届かなかったのである。 帰ったと同時に病に伏せてしまった私は、暫くの間身の回りをかまうことができない 状態にあり、荷物の整理がきちんとできていなかったことで 業者への連絡を入れるも、時既に遅し。 再版もされていない本だったので、当時は古本屋をかけずり回り ネット時代が始まると同時に検索、検索に明け暮れ、先日やっとの思いで オークションにて手に入れる事ができた。 私の大切な本は行方不明のまま、何十年という時が経ってしまっていたが こうしてここに、別の方の本としてまた戻ってきてくれたのは運命だと思っている。 またいつか引っ越しをする時があれば 今度は必ず、手にこの本だけを持つ事にしようと思う。
神奈川県の人口 約900万人
神奈川県庁:横浜市中区日本大通1
引越し、いい思い出?
うちの主人は、これまで数え切れないほど、引越しをしてきたそうです。 小さな頃、親がマイホームを買い、それまで住んでいた団地から引越し。 その後両親が離婚、母親とその家から別の家に引越し。 その後また・・・と、彼にとっては、まさに「引越し人生」。 そんなこんなで、引越しは彼にとって、楽しい思い出も何もなく、思い出すのはただただ、両親の問題のことや、嫌なのに転校しなければいけなくなったこと、仲良しだった近所の友達との別れなど、嫌な思い出ばかりだそうです。 逆に、わたしは、23年間、田舎から関東に出てくるまで、一度も引越したことがありませんでした。23年間、ずっと同じ町内、同じ家、同じ学区内で過ごしてきました。 それで、時々、友人が転校する、とか引っ越す、と聞くと、あこがれのまなざしで見つめたものです。 「いいな〜、わたしも一度、引越しとか転校してみたい」。と言うと、その友人は 「じゃあ一度してみなって、最悪だよ。慣れた学校とか家を変わるんだよ、嫌なもんだよ」。と言っていました。 子供のころは、単なるあこがれというか、「転校生」という存在に対する変なあこがれがあったのかもしれません。 でも今になって思えば、今まで、学生時代に出会ったたくさんの転校生たちは、そんな悩みをかかえながら転校してきていたんだな、と思います。 わたしの友人の一人など、小学校時代は明るくて、誰とでも打ち解けられる性格だったのに、小学交3年生のときの引越し、転校を機に、性格がすっかり変わってしまった、と言います。転校した先の学校がたまたま、自分に合わなかったのもあるとは思うのですが、子供にとって、急に環境ががらりと変わるのは、良くないのかもしれませんね。 わたしは、23歳のときに、関東へ出て、一人暮らしを体験しました。大人になっていたので、さほどの寂しさは感じませんでしたが、やはり住み慣れた土地を離れて、新しい生活を始めるのは大変でした。 その後、主人と出会って結婚。 主人と結婚してしてからも、何度か引越しましたが、さすが引越しのプロ。引越しのノウハウを心得ています。 わたしと結婚した今は、奥さんと一緒に引っ越すのは楽しい、と言ってくれました。 みなさんは、引越し、お好きですか?
引越し業者でのアルバイト体験
引越し業者でアルバイトをしていた頃の事です。 引越しのアルバイトは、その人がどんな生活をしていて、これからの引越しにどんな希望を持っているかが分かって非常に楽しんでやっていたのですが、一件、印象に残っている家族がおりましたのでその方々のお話しです。 その方々の家は河川敷の団地にありました。時期は冬が終わって、丁度小春日和という暖かい日でした。春の光と風が吹いていて気持ちの良く作業ができました。そのお家のリビングには大きな窓が付いていて、そこから河原が見下ろせるようになっており、家具が無くなった部屋に心地よい風が入って来て、引越しの運び出し作業が完了すると、本当に自分でもここに引っ越して来たいと思える程見晴らしの良いお部屋になりました。 しかし、お客様はこの部屋から新しく引越しする訳ですから、さぞかし景観が良く広い家なのだろうとスタッフとも話しをしながら、新居へ向かいました。 そして、到着してみると、そこは市内中心部から外れた郊外にあり、家の外観もボロボロ、内観も築40年は経っているのでは無いかと思う程ヒドい有様でした。何よりも不思議だったのが以前の家からは家具をほとんど持って来ておらず、生活に最低限必要な冷蔵庫や食器ばかりで大型のソファやベッド等は捨ててしまってから新居へ向かったのです。 スタッフもあまりにも不思議に思い、スタッフ同士でああでもないと話し合いましたが、プライベートなことですので、お客様へは聞けず作業を完了しました。 帰り道、スタッフ内で様々な憶測が飛び交いました。あれは夜逃げだったんじゃないかとか、いやご両親が大きな病気でお金が居いるのでは、とかです。最終的に落ち着いた答えが、賑やかな都会生活から離れて静かに暮らしたいという意見でした。というのも、映画となりのトトロに出て来る主人公達が住む様な家だったこと、自然と溶け込んで悠々自適な生活を望んでいる風にお客さまが見えた事、あまりにも人生に疲れている様ではなく、今後の生活に希望を持っている様だったことからでした。 生活を扱う引越しは本当に様々な形があるのだなと感じる一日でした。
引っ越しまえに物件の謎を解く
引っ越しって楽しいですよね。 新しい生活ってなんだかワクワクします。新しい食器や家具も揃えたくなりますし、新しいお店やバーなんかも、たくさん発見したくなります。 なのでちょっとでも素敵で安いお部屋を選びたくなりますが、異様に安いとちょっと心配になりませんか? もしかしたら、これって何かあった物件なんじゃないか?などなど。 そんなときにあるサイトを見ると安心かもしれません。 そのサイトはなんと、首都圏の事故等があったマンションがどこにあるか、どんな事があったのか記載されているんです!こわいですね! 引っ越してからじゃもう遅いですから。 お目当てのマンションがみつかったら、引っ越すまえにチェックしてみてはいかがでしょうか?もしかしたら、その物件にどんなことがあったのかわかっちゃうかもしれませんよ。 また、友人の物件がどうなってるかとか、結婚して引っ越しを考えている方のためにも、ちょっと調べてあげるとおもしろいかもしれませんね。
引越し前の業者探し
多くの家具やみるみるうちに増えてしまった洋服など、引越しは大変ですが、引越しをする為の引越し作業、特に引っ越し業者探しは大変です。 カナダでの引っ越体験談ですが、やっぱり日本の業者が一番信頼できるかなぁ?との勝手な妄想から、カナダにある某有名な日本の引越し業者に見積りをお願いしました。 見積額は…とても普通の学生が払える額ではありませんでした。駐在員さんなど、ゴージャスな暮らしをされている方向けだったのでしょう。見積額のゼロが多く、諦めざるを得ませんでした。 さて、次はインド人が経営する引越し会社が安いと聞き、いざ電話しようとしたところ、ちょうどテレビのニュースで「インド人の引越し詐欺」を特集しているところでした。詐欺の内容は、引越しを安価で請負っておいて、いざ引越し先に到着すると、「追加料金を払わないと、荷物をトラックから降ろさない。払わないなら全て捨てる。」と脅しまがいな詐欺。こちらも不安になり、却下。 最後のすべは中国人経営。友人が前に使った事があるという、安価だが愛想はもの凄く悪いという引越し業者に電話をしてみると、最初の向こうからの質問は「何人だ?なぜ私たちの事を知っている?インド人なら断る。」となぜだか起こり気味。でもまぁ、残り頼れる引越し業者は少ないかと思い、こちらでお願いする事にしました。 価格は見積額と同じ。詐欺も無い。予約した時間にきっちり来るし、問題なしでした。安く済んだものの、引越し作業は段ボールを投げるように運ぶので、少し雑でしたが、特に割れたものもなく。割れない程度に投げるのもうまいようです。 なんとか無事引越しできてよかったです。中国人の方が、世界のあちらこちらに居て、ほんと助かる事が多いです。
引越し後の、ご近所への挨拶
何回か引越しをしてきましたが、結婚して最初の新居が比較的いなかの方だったため、入居挨拶でちょっとしたトラブルになりました。4世帯入るアパートに引っ越したので、アパートの各部屋の人に挨拶すればいいだろうとタオルを用意、引っ越した日に挨拶に行き、安心していました。するとある日、隣の奥さんからあわてて訪ねてきたのです。何事かと思ったら、「町内会の班長さんが、あなたの隣の部屋に誰か越してきたみたいだけど、今の若い人は挨拶に来もしない、昔は手ぬぐいの一本でも持って行ったのにねぇーって言ってる、急いで挨拶に行ったほうがいい」と言うのです。え?班長って何?という感じだったのですが、その地方では町内会の班分けで班長というものがあり、引越しの挨拶はその班全員にする必要があったみたいなのです。私の実家は町内会で回覧板が回るレベルの付き合いしかなかったので、隣組なんて社会の教科書で読んだくらい。本当にびっくりしました。慌てて和菓子店で2千円くらいの菓子折りをもって、班長さん宅へ行き、挨拶が遅くなった無礼をお詫びしました。後日、「あんないいものもらったら申し訳ないから」とさらに半返しくらいのお菓子をお返しにいただきました。結婚して初めての入居でこれだったので、世帯をもって近所付き合いするって色々難しいんだなあと思ったのをよく覚えています。あれ以来、引越しの挨拶にはかなりナーバスになってしまいます。その地域ごとに事情が全く違って、自分はそれが全くわからないので、本当に大変ですね。
引っ越しの思い出
もう30年位前の話だ、私たち家族は富士市の吉原に住んでいた。会社の社宅で会社の敷地の中にその社宅はあった。犬を2匹飼っていた。中学3年にあがる頃に父が新築の家を静岡市の田舎に建てた。会社は富士で、静岡の本社に転勤になるわけでもなかったが、父は車で富士に通うからと言い、家はその田舎に建てられた。何故そんな所に土地があったかというと、母の母が分けてくれたお金で、私が小学生の1年の頃そこに両親が土地を買ったからだと聞いている。すごい田舎だからと私は聞いていた。引っ越しの日までその家には行っていなかった。引っ越しはトラックや車で、会社の人たちが手伝ってくれて行われた。犬2匹も車に乗り込み、なんだか変わった事になったなあ?と車の中でワクワクしていた。着いた所は公害の町だった富士とは違い自然にあふれた所だった。家はその頃よくあったプレハブ住宅の平屋だった。私は荷物に埋もれながらもその新しい家の部屋をながめた。皆が帰り、夕飯を食べに行こうということになり、安倍川を越えた橋向こうの蕎麦屋さんに行った。おかしなもので、この丼物もいろいろあった蕎麦屋さんの事を私ははっきり覚えている。店内や食べたものを覚えているのではなく、ここへ来たというその場所を鮮明に覚えているのだ。そのお蕎麦屋さんは今もあるが、そこを通るたび、引っ越しの時に来たところだいつも不思議に思い出す。家に戻って荷物に埋もれて私たちは新しい家の第1夜を過ごした。引っ越して、自然の恵みで患っていた蓄膿症があっという間になおってしまった。犬たちと近くの山に登ったりもした。新しい中学3年の生活が始まった。
引越しでの失敗談
学生の単身引越しではなるべく安く上げようと友人に手伝ってもらって、飯代くらい出して済ませようとするものです。私もそんなつもりで引越しをしたのですが、思いもかけないところで失敗してしまい逆にお金がかかってしまったことがありました。 もうだいぶ前の話になりますが、私も金が無かったので、軽トラックをレンタルで借りて、友達と二人で引越しをしたのですが、当時はまだ車を持っている学生は少なく、二人とも自動車免許は持っているといってもたまにしか運転したことが無く、狭い住宅街をおっかなびっくり運転しての引越しとなりました。古いアパートと新しいアパートを何回か行き来して荷物を運んでいましたが、何とか運転にも慣れてきたところ、友人が運転しているとき、借りていた車を壁に擦ってしまいました。たいしたキズではなかったのですが、レンタカーということもあり、結構修理代をとられ、安上がりに済ませるつもりが返って出費が多くなってしまいました。 しかも引越しの後、浮かせた金で二人で泊りがけでスキーに行くことにしていたので、車にキズを付けてしまった友達と2日間気まずい雰囲気の中で行動を共にする結果となりました。 今ならパックで安く引越しを請け負うサービスが多く合あったのでしょうが、青春の苦い思い出となりました。
急な引越しのときには引越会社の利用が便利
会社勤めをしていると、業務の都合よる人事異動を頻繁に経験する。仕事内容が変わっても、勤務地が変わらなければ通勤方法も当然変わらない。ところが勤務地が大きく変わってしまうと、引越しをしなければならなくなる。勤務先によって転勤命令の時期は異なるが、大半は引越しのための充分な時間を与えてはもらえないのが現状だ。新居探しに時間を費やし過ぎると、引越しの準備が滞ってしまうこともしばしばある。そんなときには引越し会社の利用が便利だ。費用の見積りから引越しまで数日で済んでしまう。引越し当日または前日から、段ボールの準備、荷造り梱包、搬出、輸送、新居への搬入、さらには家具、エアコン、テレビアンテナの設置までの一連の作業が、見事な要領で進められていく。「餅は餅屋」の言葉通りのプロの技だ。自分は何もしないでいることが申し訳なく思えるが、そこはビジネスなのだからと割切ることも必要だ。梱包など自分でできることはできるだけ自分でやるにしても、搬出、輸送、搬入などはプロに任せて、空いた時間を別のことに利用できるのは最大のメリットになる。
宝物は引越しできたのに
これまでたくさんの引越しをしてきました。32歳になりますが10代のころから考えると10回以上引越ししてきたと思います。初めての引越しは小学校5年生のとき。両親が中古で家を購入したので、移り住むことになったからです。我が家はおばあちゃん、父母、弟、私の5人家族。荷物はたくさんあります。特に、おばあちゃんは昔の人なので、もったいないと言ってはきれいな包装紙や、着れなくなった服でも何でも大切にとっておく人でした。しかし、引越し先の家は部屋数も少なくなるので荷物を整理しなければなりませんでした。押入れにある荷物を整理していると、小さな時に一緒に寝ていた大きなウサギのぬいぐるみや、よく遊んだおもちゃが出てきました。もう使っていなかったのに、見てしまうと懐かしいやら愛着がぶり返してしまって、捨てるに捨てられません。私が学校に行っている間に母がこっそり全部捨ててしまって、夜通し大泣きしました。その時私の大切なものは捨てられてしまったのに、おばあちゃんの大切なもの(私から見たらガラクタなのに)は全部引っ越し先にも運ばれていくので、なんだか不公平な感じがしたのを覚えています。
物件次第で引越しの回数が増える
私は過去5年の間に3回、引越しをしたことがあります。 理由は、賃貸物件に不満があったことです。 1回目に住んだ物件は、立地条件は良かったのですが、壁の防音対策ができておらず、隣の住人だけでなく、下の階の住人の話し声や物音が度々聞こえ、車の通る音で夜は目が覚めることもありました。 2回目に住んだ物件は、建物の造り自体に不満はなかったのですが、立地条件があまりよくなく、屋外に設置された共同の郵便ポストをあらされたり、玄関の郵便ポストから家の中を覗かれたりしました。 これまで起きた経験を活かし、建物の造りがしっかりしていることやオートロック機能がついた賃貸物件を探し、不動産会社の方にも相談した上で、現在住んでいる物件を見つけました。 現在住んでいる物件には何の不満もないので、引越しの予定は全くありません。この物件に初めから住んでいれば、3回も引越しをする必要もなかったのにと後悔しています。 賃貸物件次第で引越するかどうかが決まる場合もありますので、賃貸物件を借りる際は、必ずよく調べてから契約した方がよいと思います。
引越し先を練り直しにて
たしかに入居条件が優遇されているわけだったが、さすがにここには住めないと思った私は、その旨を伝えた。物件の話をしながら、不動産屋へ戻る。どうでした?いや、それが・・ちょっと。というわけで、もう少し金額を上げて引越し先物件を紹介していただくことに。このくらいの金額ではどういう物件がありますか。3つほどコピーしておすすめ物件を持ってきてもらえた。うん、なかなかよさそうというわけで、それぞれの説明を聞き、住所を控えさせてもらった。さすがに2回も車で乗せていってもらって辞めておきますとは言えず、自分で見にいきますということで住所を聞いて名刺だけもらって失礼した。自分でその物件を見にいくことになったわけだが、到着して、これは違うと思えた。静まりかえった住宅路地にたたずむマンションで隣にはグラウンドのようなスペースがあり見晴らしがよさそう。門があり、ここも階段で昇るわけだが、広めに作ってあるため昇りやすい。玄関のドアも洒落ている。さきほどの物件より気に入った。
新生活の引越し手伝い
兄弟の一人が神奈川へ引っ越すので手伝ったことがあります。神奈川に就職して一人暮らしを始めるので、家電一式は神奈川で買うことにして、大きな荷物もないこともあり、今まで部屋にあったもので一番大きなものがテレビだけだったので引っ越し業者に頼まず、自分たちで親戚からワゴンを借りて、関西のある都市から神奈川まで兄弟三人で運びました。三人ともそんなに遠出で車に乗ったこともなく慣れないワゴンの運転で最初はどうなることかといった感じでしたが、高速道路に乗ってしまえば逆に運転しやすく、ちょっとしたドライブ旅行のようで楽しかったです。実家に残っている両親はちょっと心配していたようですが。渋滞もあまりなく、サービスエリアで休憩をとりながら交代で運転しました。この時期やはり、高速道路は引越しをしている車やトラックを見かけ3月、4月の新生活を始める人たちだなと思ったことが印象に残っています。当時はカーナビもなく地図だけが頼りで、神奈川についてからも迷ったらどうしようかと思いましたが引越し先が比較的わかりやすい場所で迷わずに一発で到着できました。朝早めに、関西の実家を出たのですが、初めて神奈川まで車で来たということもあり10時間ぐらいかけて到着しました。荷物をおろし、次の日神奈川を少し観光して帰っていい思い出だったと思います。単身引越しinfo
自力での引越しは無茶だった
結婚が決まり、引越しすることとなった時の話です。僕も妻も、その時一人暮らしをしていましたが、どちらの部屋にも住めない状況となり、引越しすることとなりました。理由は、妻が犬を飼っていたからです。僕のアパートはペット禁止でしたし、妻のアパートはワンルームでした。どちらも間に合わない感じだったのです。結婚にあたり、お金もかなり飛ぶので、「ケチるところはケチろう」ということになり、引越しはレンタカー屋さんでワンボックスカーでも借りて、自力で行うこととなりました。これが本当に大変でした。僕の荷物などたかがしれていましたが、妻の方がすごかったのです。服や化粧品、美容家電やレジャー用品、多種多様な日用品などなどは仕方がないにしても。とにかく、「ゴミ」が多かった!とてもじゃありませんが通常のゴミ出しには出せなかったので、借りたワンボックスカーに積み込んで、直接ゴミの集積場に持ち込みました。往復すること、なんと5回。もうこれで、すでにヘロヘロな状態でした。そこから、ようやく必要なものの運び出しに取り掛かり、今度は引越し先へと5往復。新居は鉄筋コンクリート4階建てで、僕らの部屋はその4階。一番上にありました。しかも、エレベーターはありません。幸い安物の家具が多かったので、そんなに重いものはありませんでしたが、最悪だったのはエアコンです。エアコンの室外機を、僕は一人で抱え、4回まで運んだのです。我ながら凄い力だと思いましたが、同時に引越し屋さんは本当に凄い仕事を毎日何度もしているんだなぁ、と感心しました。僕はそれから三日間、筋肉痛でうなされました。結局そこは、家の購入にともない、一年ほどでまた引っ越すはめになりましたが。新居の一戸建てに引越す際には、ちゃんと引越し屋さんに頼んだことは、いうまでもありません。
2012年5月16日